333 水芭蕉(兵庫県):2009/08/09(日) 18:30:56.13 ID:6/l0UT4b
はっきり言っておくが、大麻より 酒(エタノール) の方がはるかに毒性は高いぞ。
エタノール(酒)が許容されてるのは
「伝統的に存在して、社会的に許されていたから」であってのことで、
医学的にはすぐにでも禁止リストに放り込みたいぐらい、危険なシロモンだ。
俺は麻薬物質のたぐいは、全部禁止にするのが一番分かりやすくていいと思ってるが。


343 アメリカヤマボウシ(兵庫県):2009/08/09(日) 18:35:38.01 ID:Wml5vHiA
どこかの国みたいに酩酊禁止条例みたいなのを作って欲しい
飲むのはいいが、酩酊した状態で飲み潰れて道で寝たり電車に乗ったりしないで欲しい


363 オオバコ(愛知県):2009/08/09(日) 18:43:29.32 ID:EO0Tq+uJ
»333と同感だけど現実的な落としどころは»343あたりだろうな。

ソースあんならすぐ出せ - 覚醒剤はダメって言うけど、同じくハイになる薬物の酒が何で合法なのか理解に苦しむよな (via plasticdreams) (via ritchantaiin, plasticdreams) (via gkojay) (via 46187) (via ashzashwash) (via t-isawa) (via bochinohito) (via edieelee) (via himmelkei) (via hepton-rk) (via lsdlsdlsdlsdlsdlsdlsd) (via mekarauroko) (via shibats)

茶の湯の世界では、「おもてなし」には、下記の3つの原則があるという。

1.準備を整えて客を待つ(仕度の原則)
2.くつろげる空間を演出する(しつらえの原則)
3.ゲームのルールを共有する(仕掛けの原則)

 おもてなしは、まずは主人が取り仕切ることからはじまる。主人は、準備を行い、空間を演出し、客をまつ。あらかじめ前もって行う準備のことを「用意」という。

 しかし、おもてなしの本質は「主人」だけにあるのではない。上記3のルールを共有した「客」と「主客一体」になって、相互行為として達成される、というところが最大のポイントである。これを「卒意」という。

 おもてなしには、「用意」と「卒意」が必要である。つまりは、主人と客が、アドホックに機転を利かして場を構成する。

 おもてなしが成功するかどうかは、主人だけにかかっているのではない。主人と客のインタラクションの中に、おもてなしがある。

 「主人と客がともに一回かぎりの機会を思いやりをもって取り組もう」という「一期一会」、それにより「主人と客が心が通い合う状態」が生まれる「一座建立」は、こうしたインタラクションによって達成される。

  ▼

 これは、おそらく、演芸や茶の湯といった世界だけに言えることではない。
 フォーラム、セミナー、ワークショップというものでも同じだろう。きちんと主催者側が準備をしても、「お客さんが卒意をきかせてくれない場合」には、「よい場」にはならない。

 もちろん、そもそも「用意」ができていない準備不足のイベントは多々ある。そういうものは論外にしても、いくら準備をしても、その場の成功は、主人だけで決定されるわけではない。

 イベントを経験して、「あんまり面白くなかった」と感想を述べるのは簡単だ。

 しかし、その場の構成のため、
     あなたは「何」をしたのだ?

 そういうことを考えてみる必要があると思う。

NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 噺家さんとお客さん (via clione)

社会のいろいろなところであてはまる話。

(via h-yamaguchi) (via motomocomo)

(via ujitomo) (via chronochrono) (via takaakik) (via ninjatottori) (via yellowblog) (via pinto) 2009-11-20 (via gkojay) (via bo-rude) (via nnmrblgksk) (via shortcutss) (via a2onaka) (via miewnyao) (via gkojax)

茶の湯の世界では、「おもてなし」には、下記の3つの原則があるという。

1.準備を整えて客を待つ(仕度の原則)
2.くつろげる空間を演出する(しつらえの原則)
3.ゲームのルールを共有する(仕掛けの原則)

 おもてなしは、まずは主人が取り仕切ることからはじまる。主人は、準備を行い、空間を演出し、客をまつ。あらかじめ前もって行う準備のことを「用意」という。

 しかし、おもてなしの本質は「主人」だけにあるのではない。上記3のルールを共有した「客」と「主客一体」になって、相互行為として達成される、というところが最大のポイントである。これを「卒意」という。

 おもてなしには、「用意」と「卒意」が必要である。つまりは、主人と客が、アドホックに機転を利かして場を構成する。

 おもてなしが成功するかどうかは、主人だけにかかっているのではない。主人と客のインタラクションの中に、おもてなしがある。

 「主人と客がともに一回かぎりの機会を思いやりをもって取り組もう」という「一期一会」、それにより「主人と客が心が通い合う状態」が生まれる「一座建立」は、こうしたインタラクションによって達成される。

  ▼

 これは、おそらく、演芸や茶の湯といった世界だけに言えることではない。
 フォーラム、セミナー、ワークショップというものでも同じだろう。きちんと主催者側が準備をしても、「お客さんが卒意をきかせてくれない場合」には、「よい場」にはならない。

 もちろん、そもそも「用意」ができていない準備不足のイベントは多々ある。そういうものは論外にしても、いくら準備をしても、その場の成功は、主人だけで決定されるわけではない。

 イベントを経験して、「あんまり面白くなかった」と感想を述べるのは簡単だ。

 しかし、その場の構成のため、
     あなたは「何」をしたのだ?

 そういうことを考えてみる必要があると思う。

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社会のいろいろなところであてはまる話。

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茶の湯の世界では、「おもてなし」には、下記の3つの原則があるという。

1.準備を整えて客を待つ(仕度の原則)
2.くつろげる空間を演出する(しつらえの原則)
3.ゲームのルールを共有する(仕掛けの原則)

 おもてなしは、まずは主人が取り仕切ることからはじまる。主人は、準備を行い、空間を演出し、客をまつ。あらかじめ前もって行う準備のことを「用意」という。

 しかし、おもてなしの本質は「主人」だけにあるのではない。上記3のルールを共有した「客」と「主客一体」になって、相互行為として達成される、というところが最大のポイントである。これを「卒意」という。

 おもてなしには、「用意」と「卒意」が必要である。つまりは、主人と客が、アドホックに機転を利かして場を構成する。

 おもてなしが成功するかどうかは、主人だけにかかっているのではない。主人と客のインタラクションの中に、おもてなしがある。

 「主人と客がともに一回かぎりの機会を思いやりをもって取り組もう」という「一期一会」、それにより「主人と客が心が通い合う状態」が生まれる「一座建立」は、こうしたインタラクションによって達成される。

  ▼

 これは、おそらく、演芸や茶の湯といった世界だけに言えることではない。
 フォーラム、セミナー、ワークショップというものでも同じだろう。きちんと主催者側が準備をしても、「お客さんが卒意をきかせてくれない場合」には、「よい場」にはならない。

 もちろん、そもそも「用意」ができていない準備不足のイベントは多々ある。そういうものは論外にしても、いくら準備をしても、その場の成功は、主人だけで決定されるわけではない。

 イベントを経験して、「あんまり面白くなかった」と感想を述べるのは簡単だ。

 しかし、その場の構成のため、
     あなたは「何」をしたのだ?

 そういうことを考えてみる必要があると思う。

NAKAHARA-LAB.NET 東京大学 中原淳研究室 - 大人の学びを科学する: 噺家さんとお客さん (via clione)

社会のいろいろなところであてはまる話。

(via h-yamaguchi) (via motomocomo)

(via ujitomo) (via chronochrono) (via takaakik) (via ninjatottori) (via yellowblog) (via pinto) 2009-11-20 (via gkojay) (via bo-rude) (via nnmrblgksk) (via shortcutss) (via a2onaka) (via miewnyao) (via gkojax)

あるとき、ブッダは愚かな男から批判を浴びた。

ブッダは黙って耳を傾けていたが、

相手が話し終えると次のように尋ねた。

「人が自分に差し出された贈り物を受け取ろうとしない場合、

その贈り物はだれのものになるのか」

男は答えた。「贈り物を差し出した人のものに」

「そうか」ブッダは言った。

「では、私はあなたの批判を受け取らないことにしよう。

自分のためにとっておきなさい!」

「冗談なんだから怒るなよ」って言う人いるけど - 増田の杜 (via nitrous000)

(via shibats)

わたしは日本のスマホゲームが世界で認められていない状況を「幸運」とみています。なぜなら国内では「美少女キャラ」として画面に彩りを与えている、半裸状態の少女のイラストは、海外では「児童ポルノ」にあたる可能性があるからです。不必要にバストを強調し、下着を想起させるコスチュームのキャラクターが見逃されているのは日本ぐらいです。国産のスマホゲームが世界的にヒットし、これらが問題視されれば、世界中から今まで以上に「児童ポルノ大国」と非難されるかもしれないからです。冗談のような話しですが、アニメ『犬夜叉』が北米で放送される際、女性型妖怪の「バスト」が「胸板」修正されています。

エンタープライズ0.2 - 進化を邪魔する社長たち - (278) スマホゲームと児童ポルノ。ゲーム内課金に見つける0.2 | マイナビニュース (via otsune)

(via shibats)

さらに音楽音痴ともいえる症状を持つ老婦人の症例が紹介される。リズムは感じ取れるのだが、音程も音色も知覚できないというのだ。すべての音楽について「キッチンでありったけの鍋釜を床に放り出した時の音」にしか聞こえないのだという。オペラはすべて「金切り声」のように聞こえるという。もちろん、アメリカ国歌が流れてきても気づかない。他の人が立ち上がるまでわからないのだという。

『音楽嗜好症』文庫解説 by 成毛 眞 - HONZ (via kogumarecord)

(via plasticdreams)

海外の日系人養蜂家の方が
「蜂という仕事は嫌いではないが,蜂場を巡る人間関係が面倒であること,ミツバチの盗難やミツバチによる農場関係者への刺害が心配であることなどから,生涯の職業としては考えてはいない。」
と言っています。

それだけハチを沢山置く場所は問題が起きます。
私も実際に起きました。
蜂群を置く場合は気を付けましょう。 周囲に住宅地があると揉め事が起きる可能性大です。私は親族の庭からも追い出され、本業の工場の敷地からも追い出され、現在はまったく人気の無い山奥にほとんどの群を移動しました。

みんな初めは「置いて良いよ」と言いました。 しかし、実際に20~50群を置かれるとハチに刺されたりハチの糞や死骸の問題が出ます。揉め事は精神的に疲れるので人間関係で揉める前に、人が住んでいない場所に主力の養蜂場を構えた方が良いです。

養蜂家になりたい方に参考になれば幸いです
人嫌いに向いている (via izumiumi)

(via plasticdreams)